寂寥のあと

幾美(いくみ)といいます。小説や日記を書いています。

誰かさん

深夜二時
たった今茹であがった、とりささみをほぐす

シンクにはささみを茹でるために使った鍋がある
水滴が、その鍋に向かってまっすぐに落ちる

彼は自由だ
いつからか、恋人の私のことなんてすっかり忘れてしまったみたい

ささみを茹でる前に、あらかじめ筋を取っておく
湯を沸かし火を止め、その中に二十分間ささみを入れておく
たったこれだけ
たったこれだけで柔らかく煮えると
それだけのことでささみは柔らかくなるのに

彼は
彼のために尽くす私のことを、見向きもしなくなった

パサパサにならず、柔らかく煮えたささみは簡単にほぐれていく
弾力があって指先にあたたかい温度が伝わってくる

水滴が落ちる

どうしてこんなことをしているかなんて、そんなのとても簡単で
彼がささみを使ったおつまみが好きだから
常に茹でてほぐしたものをストックしてあるのに

黙々とほぐしていき、四本目のささみをほぐす
爪の中にほぐしたかけらが入り込んだ

適切な大きさにほぐしていく

水滴が落ちる

彼はまだ帰って来ない