寂寥のあと

幾美(いくみ)といいます。小説や日記を書いています。

「きみちゃんの話は面白いよ、絶対売れるって」
 
 そう言った大学院生の彼氏は、数日前に出て行ってしまった。他に好きな女ができたらしい。売れない小説家と、卒論を間近に控えた大学院生。お金も余裕もなかったけど、お互いがいればなんとかなるだろうと思い続けていた。
「結構気が合うと思ってたんだけどなあ」
 こういう時、過去のいろいろなことを思い出して、どれがダメだったのだろうかと自己採点をしていく。でももう答えを与えてくれる相手はいないのだから、いつまで経っても正解なんて分からない。
 もう何回も読み返した、大好きな宮沢賢治の文庫本を手に取る。パラパラとめくっていくと、タイトルに『よだかの星』と書かれたページで止まる。そのページには少し厚めの栞が挟まっていた。そういえば昔、あいつからもらったんだっけ。
「本が出たら絶対買うから!」
 そう言われながら栞を渡された風景が蘇る。何が絶対よ、どれもこれも叶ってないじゃない。開け放った窓から、一つ大きな風が吹き込む。手に持った本のページが再びパラパラと流れていく。そうして、栞のないページで止まった。